2018年5月の聖書の言葉
主は国々の争いを裁き、多くの民を戒められる。
彼らは剣を打ち直して鋤とし
槍を打ち直して鎌とする。
国は国に向かって剣を上げず
もはや戦うことを学ばない。
(イザヤ書2章4節)
三ノ窓雪渓と八ツ峰
この聖書の言葉は、ニューヨークの国連本部に刻まれています。この言葉は、大国の横暴によって蹂躙されている人々に向けられた神の慰めと励ましの言葉です。主なる神は平和の支配者として、諸国の民を支配し、守られるお方ですが、それを、自動的に実現する奇跡として語られていません。それは、主の言葉に聞く者が、「もはや戦うことを学ばない」ことによって実現する平和であることが語られています。他の国々が行っているように、軍馬や戦車で満たすような道を歩む国は、貧しい人を虐げ、戦場の危険なところに、そうした人々を送り出します。静かに、主に信頼して生きることが、主の民としての役割です。イスラエルが主の民として選ばれた使命は、主の教えに聞き従い、「主の光の中を歩む」ことです。その道を歩まなかった民は一度捨てられましたが、「ヤコブの家よ、主の光の中を歩もう。」(5節)と呼びかけられています。諸国の民が注目する都となるよう、ヤコブの家は、主の光の中を歩むものとならねばならない、とイザヤは告げるのです。私たちも、そのように生きる時、平和を創り出すものとして、「神の子と呼ばれる」(マタイ5:9)存在とされる、と主イエスは約束しておられます。