愛知県名古屋市昭和区のプロテスタントのキリスト教会

2021年2月の聖書の言葉

2021年2月の聖書の言葉

あなたの御言葉が見いだされた時
わたしはそれをむさぼり食べました。
あなたの御言葉は、わたしのものとなり
わたしの心は喜び踊りました。
(エレミヤ書15:16)

薬師岳頂上から雲ノ平(正面)、水晶岳(左)を眺む(2020.8.20撮影)

エレミヤにとって、神の言葉は、必要欠くべからざるものでありました。神と交わること、御言葉に仕えることは、人生の喜びでありました。エレミヤは、「わたしはあなたの御名をもって呼ばれている者です」、と神に捉えられている確信によって活力を与えられていました。しかし、神にのみ向けられていた眼差しが、人々に向かうとき、彼の思いは絶望の影に暗く覆われることになりました。主の預言者として、熱心に人びとの罪を指摘し主の審判を告知したために、それを受け入れようとしない人々から迫害を受け、社会から除け者にされ、友もいない孤独な歩みを強いられることになりました。神の怒りを告知せねばならない自分に、友がいないことをエレミヤは承知していました。しかし、エレミヤは、自分を人間の側に引き寄せる感情との間に耐えがたい緊張を感じとる心優しい預言者でもありました。それが止まるところのない苦しみへと追いやり、「なぜ、わたしの痛みはやむことなく、わたしの傷は重くて、いえないのですか」という疑問に答えを得ぬまま、彼は悩み続け、ついに絶望の淵に立たって、「あなたはわたしを裏切り、当てにならない流れのようになられました」と神を告発する者となりました。神はエレミヤに助けや救いを約束しましたが(1:19)、友人たちの間で楽しいときを送るような、人生の楽しみを約束しません。人は友多い人生を望みますが、エレミヤのように、その務めゆえに、多くの敵対者に取り囲まれながら、生きねばならない人生もあります。エレミヤは、その現実の中で、熟慮して語り続けることを主から求められたのです。そのように主に立ちかえるなら、主はもう一度ご自身の口として用いると約束されます。エレミヤは、召命の時に与えられた御言葉を喜ぶ信仰を回復する必要があったのです。

今月の聖書の言葉

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